書名:II. PARS INDIAE ORIENTALIS, IN QVA IOHAN. HVGONIS LINTSCOTANI Nauigatio in Orientem, item regna, littora, portus, flumina, apparentiae, habitus moresque Indorum & Lusitanorum pariter in Oriente degentium: praeterea merces, monetae, mensurae, & pondera, quae quibus in locis, quve compendio prostent, accurate proponuntur. 著者:Jan Huyghen van Linschoten /Johann Theodore de Bry, Johann Israel de Bry 出版社:Francfort, W. Richter 出版年:1599 言語:ラテン語 ページ数:[6f], 114p, [2f], [41f] サイズ:30x20cm 状態:商品説明を御覧ください ◆コメント◆ !オークションに複数出品中です。 マイ・ オークション を御覧ください。 また、ほぼ毎週、珍しい洋古書(挿絵本、日本関連書、医学書、建築書、旅行記、科学書、署名本等)、インテリアにも使える美しい本を海外の相場より割安で出品しております。この分野にご関心がおありでしたら、是非「新着出品のお知らせ登録」にご登録くださいますよう、お願い申し上げます。
リンスホーテン『東方案内記』
テオドール・ド・ブリー父子版1599年初版/日本記事あり
強烈なバロック的挿絵全39点
◆商品説明◆
リンスホーテン/ド・ブリー父子
『小旅行記叢書 東インド第二部 東方案内記』
フランクフルト;W. Richter, 1599年初版
リンスホーテン(1563‐1611)はオランダ人旅行家。1583‐88年のインド滞在後、みずから収集した膨大な資料を『東方案内記』としてまとめ、オランダの東方進出を促したとされています。また、ゴア在職中、天正遣欧使節に接したリンスホーテンはその一章を日本記事に割いています。
「オランダ人をアジアに導いた『東方案内記』は大きな影響力を持ち、十七世紀を通じてオランダにおいてアジアに関する標準書となったことは言うまでもないが、日本に関しても、カロンの『日本大王国志』が一六四五年に出るまで、「東方案内記』がほとんど唯一の情報源であった。つまり、 十七世紀前半において日本についての情報を知りたいオランダ人は、イエズス会士の記述を情報源としたリンスホーテンを参照したということになる。」(クレインス フレデリック『十七世紀のオランダ人が見た日本』p.66)
『東方案内記』オランダ語版初版は1596年刊。ラテン語版が1599年刊。ラテン語版と同年に刊行されたのが、こちらのド・ブリー版です。
リエージュで生まれ、フランクフルトを拠点とした版画家・版元テオドール・ド・ブリー(1528-1598)とその息子ヨハン・テオドール・ド・ブリー(1561-1623)が手掛けた最大の企画が、強烈なバロック的図像がふんだんに盛り込まれた旅行記叢書(1590-1634年刊、全29部)で、初期近代ヨーロッパで最も壮大な出版物と讃えられています。旅行記叢書は新大陸の探検記をまとめた「大旅行叢書」と、アジア・アフリカ物を集めた判型が小さい「小旅行叢書」に分けられます。
こちらの『東方案内記』は「小旅行叢書」第二部にあたります。テキストは、Johan Adam Lonicer によるラテン語訳で、原著オランダ語版の第44章までが収録されています。日本記事は第26章です。銅版図版は独自のタイトルと標題紙をともなって巻末にまとめられています。全39点です。その大部分は、オランダ語版の挿絵をもとに、ヨハン・テオドール・ド・ブリーとその弟ヨハン・イスラエル・ド・ブリー (1570?-1611) を銅版画にしたものです。
図版は他に扉絵、リンスホーテンの肖像、折込地図2点(モザンビークとゴア)所収です。ジャヴァ地図1点のみ欠。テキストと図版はすべて揃っています。
書誌と全文はこちらで公開されています。
https://bodmerlab.unige.ch/recits-et-images/debry/#/petits-voyages/PVII
装丁は近年のヴェラム革総革装。見返しも張り替えられています。外装の状態は問題ありません。本文は濃いシミが数点散見されます。余白の破れや地図の破れは丁寧に補修されています。
リンスホーテン
Jan Huyghen van Linschoten
1563‐1611
オランダの旅行家。ハールレムに生まれ,やがて港町エンクホイゼン Enkhuizen に移る。若くしてスペイン,ポルトガルに赴き,1583‐88年インドのゴア大司教の書記として働く。このインド滞在中にインドへの航路をはじめ,インド各地の人口や天然資源,商業取引の可能性,さらには中国や日本に関する情報を精力的に収集した。ただ彼自身直接旅行して見聞したものは少ないといわれる。89‐91年ドイツの大商人フッガー家の代理人としてアゾレス諸島に滞在。92年エンクホイゼンに帰り,同市のパルダヌス Paludanus 博士の協力を得て,みずから収集した膨大な資料を《ポルトガル人東方旅行記》《案内記》(ともに1596)として出版。これはポルトガルが独占的に巨利を得ていた東方貿易の実情を暴露し,オランダ人のインドへの航行熱を刺激するとともに,旅行手引書として大きな威力を発揮,ドイツ語,フランス語などにも翻訳された。このほか,パルダヌスとともに西インドに関する著述をも著した。オランダでは1594‐95年に,バレンツ Willem Barentsz(1550ころ‐97)が北極海経由でインドに至る航路を開拓する試みを行ったが,これを理論的に指導したのもリンスホーテンであるといわれる。彼自身2度にわたってその航海に参加したが,いずれも失敗に終わった。オランダでは1908年に彼の名にちなんでリンスホーテン協会 Linschoten‐Vereniging が設立され,各種の旅行記や航海記を出版している。なお,《案内記》には,ゴア在職中,日本の天正遣欧使節のゴア寄港に接した記事がある。(世界大百科事典 第2版 )
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書名:II. PARS INDIAE ORIENTALIS, IN QVA IOHAN. HVGONIS LINTSCOTANI Nauigatio in Orientem, item regna, littora, portus, flumina, apparentiae, habitus moresque Indorum & Lusitanorum pariter in Oriente degentium: praeterea merces, monetae, mensurae, & pondera, quae quibus in locis, quve compendio prostent, accurate proponuntur.
著者:Jan Huyghen van Linschoten /Johann Theodore de Bry, Johann Israel de Bry
出版社:Francfort, W. Richter
出版年:1599
言語:ラテン語
ページ数:[6f], 114p, [2f], [41f]
サイズ:30x20cm
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